SBASについて

電子航法研究所は、 GPS等の衛星航法システムの性能を向上する SBAS(satellite-based augmentation system:静止衛星型補強システム)の 研究を実施しています。 最近は、 次世代SBASの国際標準規格策定作業に参画するとともに、 国が進める準天頂衛星システム (QZSS: quasi-zenith satellite system)による実証実験の一部として 次世代SBASの補強信号を準天頂衛星から送信しています。

当所による衛星航法システム関係の研究成果

衛星測位システム(コアシステム)

人工衛星により位置を測定することを「衛星測位」といいます。 衛星測位システムの代表例は 米国によるGPS(global positioning system:全地球測位システム)で、 カーナビ等でもなじみのあるものですが、 準天頂衛星システムはGPSと同様の機能をもちます。

衛星測位の仕組み図

衛星測位システムの利用者は、 測位衛星が放送している電波(測位信号)を使って、 自分がいる現在位置を知ることができます。 利用者には、測位信号を受信して、位置の計算をする受信機が必要です。 また、衛星測位システムにより位置の計算をするためには、 原則として4機(経緯度だけわかればいい場合などは3機)以上の 測位衛星の測位信号を受信することが必要です。

衛星測位システムの受信機は、 GPSに対応したものがカーナビや携帯電話に組み込まれています。 これらの受信機は、現在位置を求める必要があると、 GPS衛星の電波を受信して位置の計算を自動的に実行します。 得られた現在位置は地図上に表示されるのが普通ですが、 GPS受信機が計算しているのは現在位置(の経緯度)だけです。 地図情報はカーナビや携帯電話に組み込まれています (GPSが放送しているわけではありません)。

なお、GPS受信機は、GPS衛星が放送している電波を受信するだけです。 GPSで位置を計算するために、電波を出す必要はありません。 GPS受信機は、GPS衛星と交信しているわけではなくて、 GPS衛星が放送している電波を一方的に受信するだけです。

衛星測位システムとしてはGPSが代名詞となっていますが、 世界には他にも表1に示す衛星測位システムがあります。 各システムが送信する無線信号には違いがありますが、 基本的な仕組みはGPSと同様です。

表1 世界の衛星測位システム(衛星数は2018年時点)

世界の衛星測位システム(衛星数は2018年時点)
名称 運用国 運用開始年 衛星数 状況
GPS アメリカ 1993 31 改良型の衛星を打上げ中
GLONASS ロシア 1996 24 改良型の衛星を打上げ中
Galileo 欧州連合 2017 18 2019年までに30機にする予定
BeiDou 中国 2015 24 2020年までに35機にする予定
QZSS 日本 整備中 4 2018年11月に運用開始を予定

なお、 表1に掲げたような衛星測位システムのことを、 (補強システムと対比する意味で)コアシステム(core system、あるいはcore constellationとも)と呼ぶことがあります。 コアシステムとは、 他システムから独立してユーザ位置の測定をできる衛星測位システムのことです。

補強システム

GPSやGLONASSといった衛星測位システム(コアシステム)だけでは、 応用によっては安全面で問題があることがあります。 たとえば、 GPSはユーザの測位精度を規定していますが、 24時間いつでも世界中のどこでもその性能が保証されているわけではありませんし、 ときに大きな測位誤差を生じることもあります。

この点を補うために使用されるのが、 補強システム(augmentation system)です。 一般に、補強システムは次のような情報をユーザ受信機に提供します。

  • ディファレンシャル補正情報: 基準局における測定データから作成された各衛星までの距離の補正情報で、 ユーザ受信機側で適用することで測距精度を改善します
  • インテグリティ(完全性)情報: 各衛星について現在の測距精度や利用の可否を示す情報で、 ユーザ受信機側で適用することで安全な測位を可能にします

民間航空用途の補強システムについては、 ICAO(International Civil Aviation Organization:国際民間航空機関)が国際標準規格を制定しています。 そのひとつがSBAS(satellite-based augmentation system:静止衛星型補強システム)で、 所要のインテグリティをもつ測位手段を航空機に提供するものです。

L1 SBAS(現行SBAS)

SBASは、 2002年にICAOによる国際標準規格として発効しました。 これは静止衛星から補強信号を送信するもので、 インマルサットのような通信衛星を使用できます。 SBASは静止衛星を使用して補強信号を送信しますから、 広い範囲のサービスエリアに対して一括してサービスを提供できます。 現行規格ではL1周波数のSBASのみが定義されていますが、 現在進行中のL5周波数を使用する次世代SBAS(L5 SBAS)の規格化にあたり、 これと区別するために「L1 SBAS」という名称になる予定です。

L1 SBASが送信する補強信号の周波数は、 GPS L1信号と同じ1575.42MHzです。 変調方式もGPSと同等ですので、 アンテナ及び受信機フロントエンドはGPSと共用できます。 L1 SBASが補強の対象にできるのはGPSあるいはGLONASSだけで、 GPSの場合はL1 C/A信号、 GLONASSについてはL1SP信号を補強します。 単一コアシステムの単一周波数信号を補強することから、 SCSF (single-constellation single-frequency) SBASとも呼ばれます。

日本はひまわり7号(運輸多目的衛星MTSAT-2号)を使用してMSAS(MTSAT-based Augmentation System)を運用しています。 他にも表2に示すSBASが稼働しており、 SBASは世界中で利用できます。

表2 世界のSBAS(現行SBAS、衛星数は2018年時点)

世界のSBAS(現行SBAS、衛星数は2018年時点)
名称 運用国 運用開始年 衛星数 状況
WAAS アメリカ 2003 3 二周波数対応の作業中
MSAS 日本 2007 1 2020年にみちびき3号機に移行の予定
EGNOS 欧州連合 2011 3 DFMC SBASの開発中
GAGAN インド 2014 3
SDCM ロシア 整備中 3 2020年頃の運用開始を予定
BDSBAS 中国 整備中 3(予定) 2020年頃の運用開始を予定
KASS 韓国 整備中 1~2(予定) 2022年頃の運用開始を予定

なお、 MTSAT-2号は2020年に寿命末期を迎えることから、 現在稼働中のMSAS V1は同年にMSAS V2として再構築され、 現在日本が整備中の準天頂衛星システムの準天頂衛星3号機(静止衛星)を使用する構成になる予定です。

準天頂衛星システムの紹介

L5 SBAS(次世代SBAS)

スペースシャトルが飛行する付近の高層大気圏には電離圏と呼ばれる大気があり、 ここでは電波の伝搬速度がほんの少しだけ遅くなります。 衛星測位システムは電離圏擾乱による影響を受けやすく、 日本を含む低緯度地域において必ずしも十分な性能が得られないことがあります。 現行のL1 SBASによる測位も例外ではなく、 電離圏の影響を受けます。 この点を克服して、 世界中どこでも十分な性能が得られるようにするためには、 複数の周波数の無線信号を使用することが有効です。 すなわち、 電離圏による影響は電波の周波数により異なりますので、 複数の周波数の信号があれば、 電離圏による影響量を推定してこれを除去できるわけです。

SBASを使用する測位についても複数の周波数の信号を利用して性能を向上することができ、 これを次世代SBASと呼びます。 次世代SBASについてはL1 SBASの規格化が完了した後の2005年頃から議論されるようになってきましたが、 この頃にはGPS及びGLONASS以外のコアシステムの整備が開始されていたことから、 複数のコアシステムに対応することがあわせて考えられました。 複数のコアシステムに対応すると利用できる衛星の数が増えますので、 さらに性能を改善できます。 複数コアシステムの複数周波数信号を補強することから、 MCMF (multi-constellation multi-frequency) SBAS、 あるいは実際には利用可能な周波数は2つしかないことからDFMC (fual-frequency multi-constellation) SBASとも呼ばれます。 GPSが送信する測距信号の周波数はL1・L2・L5の3つがありますが、 このうち航空航法用途に保護されているのはL1とL5のみで、 L2はそうではありません。 従って、 複数の周波数といってもL1とL5の二周波数しか使えないのです。

現在、 ICAOではL5 SBASと称する次世代SBASの規格化作業を行っています。 L5 SBASが送信する補強信号の周波数は、 GPS L5信号と同じ1176.45MHzです。 変調方式もGPSと同等ですので、 L1 SBASの場合と同じようにアンテナ及び受信機フロントエンドはGPSと共用できます。 L5 SBASの補強対象となるコアシステムはGPS・GLONASS・Galileo・BeiDouで、 2つの周波数の信号としては表3の組合せを利用します。 L5 SBASの補強信号はL5周波数のみで送信されますが、 補強対象となるコアシステムの各衛星についてはそれぞれ2つの測距信号を受信しなければならないことに注意してください。

表3 L5 SBASが補強対象にする信号(予定)

L5 SBASが補強対象にする信号(予定)
コアシステム L1帯信号 L5帯信号 備考
GPS L1 C/A L5-Q
GLONASS L1OC L3OC CDMA信号を利用
Galileo E1-C E5a-Q
BeiDou B1C B2a

L5 SBASが送信する補強メッセージの種類は、 表4のとおりです。 L1 SBASと比較すると簡略化されており、 たとえばタイプ32メッセージには補強対象の衛星のうちどれか一つの補正情報及び共分散行列が格納されます。 L1 SBASとの大きな違いは、 SAは想定しないため高速補正がなくなっていることと、 電離圏遅延補正情報が送信されないことです。

コアシステムの各衛星については、 2つの周波数の測距信号(表3の組合せ)を受信していなければなりません。 2つの周波数(GPSの場合はL1信号とL5信号)でそれぞれ測定された擬似距離について、 電離圏フリー線形結合

電離圏フリー線形結合計算式の図

を計算して測位に使用します(PR:電離圏フリー線形結合、fL1・fL5:L1とL5の周波数、PRL1・PRL5:L1信号とL5信号のそれぞれで測定された擬似距離)。

表4 L5 SBASの補強メッセージ(予定)

L5 SBASの補強メッセージ(予定)
メッセージタイプ 名称 送信間隔(秒) 内容
31 衛星マスク 120 補強対象の衛星を示すフラグ情報
32 補正値及び共分散行列 (各衛星について)120 各衛星の補正情報及び共分散行列
34~36 インテグリティ情報 6 全衛星のインテグリティ情報
37 劣化情報 120 保護レベルの計算に使用するパラメータ
39~40 SBASエフェメリス情報 (各衛星について)120 SBAS衛星のクロック・軌道情報
42 時刻情報 240 コアシステム間の時刻オフセット情報(オプション)
47 SBASアルマナック情報 (各衛星について)120 SBAS衛星のクロック・軌道情報

L5 SBASの特徴について、 L1 SBASとの比較としてまとめたものが表5です。 L5 SBAS信号は基本的にGPSのL5信号を踏襲しており、 またメッセージについてはDFMC化に伴い簡略化されています。

表5 L5 SBASのL1 SBASとの比較

L5 SBASのL1 SBASとの比較
項目 L5 SBAS L1 SBAS 備考
RF仕様 周波数 1176.45 MHz 1575.42 MHz GPSと同じ
帯域幅 20~24 MHz ≧2.2 MHz
変調方式 BPSK QPSK化の可能性あり
拡散符号 PRN 120~158 L1 SBASは当初の120~138から拡大
符号速度 1 Ksps 500 sps
符号化 1/2 FEC+マンチェスター符号
(NH符号なし)
1/2 FEC FECは拘束長K=7
データ速度 250 bps
メッセージ長 250ビット
プリアンブル 4ビット 6パターン 8ビット 3パターン GPSサブフレームに同期
CRC長 24ビット
補強機能 対応コアシステム GPS・GLONASS・Galileo・
BeiDou・SBAS
GPS・GLONASS・SBAS
対応衛星数 210 214
同時補強衛星数 92 51
補強対象の擬似距離 L1+L5
電離圏フリー線形結合
L1 L5のみの一周波数モードはない
補正情報 クロック補正・軌道補正 高速補正・クロック補正・
軌道補正・電離圏遅延補正
SAは想定しない
SBAS衛星 制約なし 静止衛星のみ

なお、 L5 SBASは、 L1 SBASとは独立したサービスであることに注意してください。 各SBASサービスプロバイダは、 L1 SBAS信号に加えてL5 SBAS信号も送信することができますが、 L1 SBAS信号だけ送信してL5 SBAS信号は送信しないこともできますし、 L5 SBAS信号だけ送信してL1 SBAS信号は送信しないこともあり得ます。 また、 L5 SBASについては規格化作業が現在進行中ですので、 ここで紹介した仕様についても変更される可能性があります。

当所による衛星航法システム関係の研究成果

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